トランプ政権が「パナマ運河奪還」目指す理由…主要港湾施設を中国系企業が「支配」は本当か

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ドナルド・トランプ前大統領は、大統領選挙の期間中から一貫して「パナマ運河を取り戻すべきだ」と繰り返し主張してきました。その発言の背景には、「パナマ運河はすでに中国に支配されている」という認識があるようです。
では、この主張は事実に基づいているのでしょうか?

本稿ではまず、パナマ運河をめぐる歴史的な経緯を振り返りながら、トランプ氏の発言がどのような背景で生まれたのかを見ていきます。そして実際に、現在のパナマ運河における中国の関与がどの程度のものなのか、具体的な事実に基づいて検証していきましょう。

【トランプ政権の「パナマ運河奪還」発言】

2024年11月の再選以降、ドナルド・トランプ大統領は「パナマ運河におけるアメリカの優位を取り戻す」と繰り返し訴えています。
就任演説でもこの点に触れ、「中国企業がパナマ運河を運営している。我々はこれを取り戻す」と強い口調で宣言しました。

さらに、今年2月の記者会見では、
「中国が運営しているパナマ運河は、本来中国に与えられるべきものではなかった。それを愚かにもパナマに譲った結果、今のような状況になっている。パナマは協定に違反しており、このままでは非常に強力な措置を取ることになる」
と、警告ともとれる発言をしています。

そして彼は、こうも語りました。
「パナマ運河は、アメリカが巨額の資金と多くの人命をかけて建設したものだ。それなのに、パナマに譲渡したあと、我々はひどい扱いを受けてきた」

このように、トランプ氏の発言からは、パナマ運河に対する強い執着と、中国の影響力に対する危機感が読み取れます。

【パナマ運河の歴史と管理権の変遷】

パナマ運河は、太平洋と大西洋を結ぶ全長およそ82キロの閘門式運河で、世界の海上交通における要所として知られています。
最初に建設を試みたのはフランスでしたが、1881年の着工後まもなく失敗。その後、アメリカが1904年に工事を引き継ぎ、10年後の1914年、ついに運河は完成します。

当時アメリカは、1903年に結ばれたヘイ=ブナウ=バリーリャ条約によって、パナマ運河地帯の永久的な使用権と主権を獲得。以降、アメリカが約70年間にわたり運河の管理を行ってきました。

しかし1977年、ジミー・カーター大統領とパナマのオマール・トリホス将軍との間で「パナマ運河条約」が締結されます。この条約により、運河とその周辺地域の管理権は1999年末までに段階的にパナマへ返還されることが決まりました。
当時、共和党やロナルド・レーガンらは強く反対しましたが、最終的に条約は批准されます。

その後、1989年にはジョージ・H・W・ブッシュ政権のもとでアメリカ軍がパナマに侵攻し、一時的に運河支配の維持を試みましたが、国際的な批判を受け、計画は頓挫。
そして1999年12月31日、約束通りパナマ運河は完全にパナマ政府の手に渡されることになったのです。

【「中国系企業による支配」の実態】

では、トランプ政権が繰り返し訴える「中国によるパナマ運河の支配」とは、実際どのような状況なのでしょうか。

まず確認しておきたいのは、1999年の完全返還以降、パナマ運河そのものはパナマ政府の管轄下にあります。現在は、パナマ政府の独立機関である「パナマ運河庁」が管理・運営を担っており、運河の主権は明確にパナマ共和国に帰属しています。

しかし、焦点となっているのは運河そのものではなく、運河の出入り口にある港湾施設の運営権です。
太平洋側のバルボア港、そして大西洋側のクリストバル港──これら重要な港の運営を担っていたのは、香港に本拠を置く複合企業「CKハチソン・ホールディングス(長江和記実業)」の子会社でした。

ここで問題となるのが、香港と中国本土の関係です。香港は1997年にイギリスから中国へ返還され、「一国二制度」のもとで高度な自治が認められてきました。しかし近年、中国政府による統制が強まったことで、香港企業も「実質的には中国政府の影響下にある」と見なされるようになってきました。

実際、中国はパナマ運河を通過する船舶の国別実績で、アメリカに次ぐ第2位。パナマ運河の地政学的重要性を、中国が強く意識していることは間違いありません。
さらに2017年には、パナマが台湾と断交し、中国と正式に国交を樹立。パナマは中国の巨大経済圏構想「一帯一路」にも参加するなど、中国の影響力は一気に強まりました。

こうした一連の流れが、アメリカ、とりわけトランプ政権にとっては「運河をめぐる戦略的優位を中国に奪われつつある」と映っているのです。

【最新の展開、港湾運営権の移転】

トランプ政権の圧力のもと、パナマ運河をめぐる情勢はついに大きく動きました。
2025年3月4日、香港の複合企業CKハチソン・ホールディングスは、パナマ運河に関連する港湾事業をアメリカの資産運用大手「ブラックロック」が率いる投資家連合に売却することで基本合意に達したのです。売却額は、228億ドル──日本円にしておよそ3兆4000億円という巨額に上ります。

この合意によって、パナマ運河の両端にあるバルボア港とクリストバル港の運営権の90%が、アメリカ主導の投資家グループに移ることになりました。さらに売却対象には、世界23か国・199のバース(船舶が着岸する場所)を含む合計43の港湾権益も含まれており、その影響はパナマにとどまらず、グローバルな規模に及びます。

トランプ大統領はこの動きを歓迎し、次のように語りました。
「これは素晴らしい取引だ。パナマ運河が米国に戻ってきた。我々は通航料を支払う必要はない」

アメリカにとって象徴的な存在であったパナマ運河。その両端の港が再び米国の影響下に置かれることになり、トランプ政権にとっては大きな外交的勝利と位置づけられています。

一方で、この売却に対して強く反発しているのが中国です。
中国政府は、CKハチソンに対して水面下で圧力をかけていると報じられており、中国政府で香港政策を担当する国務院香港マカオ事務弁公室の報道官は「この売却は、パナマと中国の国益を著しく損なうものである」と公式に批判。さらに最近では、中国の国有企業に対してCKハチソンとの協業を控えるよう指示が出されたとの報道もあり、緊張が高まっています。

このパナマ運河をめぐる港湾権益の売却劇は、単なるビジネスの枠を超え、米中間の戦略的せめぎ合いの新たな火種となりつつあります。

【検証、トランプ政権の主張は正しいのか】

これまでの経緯を踏まえると、トランプ政権の主張には一定の事実に基づいた部分もある一方で、その表現には少なからず誇張も含まれていると考えられます。

まず、事実として確認できるのは以下の通りです。

・パナマ運河の両端にある重要な港湾、バルボア港とクリストバル港は、確かに香港の大手企業CKハチソンが運営権を保有していたこと。
・香港は中国の特別行政区であり、政治的・経済的な影響を中国本土から受けやすい状況にあること。
・さらに中国は、パナマとの国交樹立後、「一帯一路」構想を通じてパナマへの影響力を強めてきたこと。

これらはいずれも、トランプ政権の懸念を裏付ける材料にはなり得ます。

しかしその一方で、「パナマ運河が中国に支配されている」という表現は、厳密には事実とは異なります。運河自体の管理・運営は一貫してパナマ政府の機関が担っており、主権も完全にパナマ側にあります。

また、CKハチソンは中国企業とはいえ香港資本であり、中国政府とは必ずしも一体ではありません。実際、今回の港湾売却をめぐっては、中国政府が強く反発し、企業への圧力を強めているという報道もあります。この点でも、「香港企業=中国政府の意向通りに動く」という見方には慎重さが求められます。

さらに、トランプ大統領が語った「通航料を支払う必要はない」との発言についても、法的・実務的な根拠は示されていません。
運河を通行するすべての船舶は、運営主体であるパナマ運河庁に通航料を支払う義務があり、それは国籍にかかわらず一律です。

結論として、パナマ運河における中国系資本の存在は一時的に見られたものの、運河そのものの支配権が中国に渡っていたわけではなく、現在では港湾運営権もアメリカ主導の連合に移りつつあります。
トランプ政権の主張は、こうした事実の一部を強調しながら、地政学的な不安をあおる形で語られていると言えるでしょう。

【地政学的な意味と今後の展望】

パナマ運河は、単なる水路ではありません。年間およそ1万4000隻の船舶が通過し、世界の海上貿易のおよそ6%がこの運河を経由しています。太平洋と大西洋をつなぐその地理的な位置から、パナマ運河は今なお世界の物流と安全保障にとって極めて重要な要所であり、まさに“地政学の要”とも言える存在です。

米中の対立が激しさを増す中で、こうした戦略的拠点をめぐる影響力の争いは、今後さらに激化すると見られています。

報道によれば、トランプ政権はすでに、米軍に対して「パナマ運河を取り戻すための計画」を立案するよう指示しており、運河周辺におけるアメリカの軍事的プレゼンスを再び強化する方針も検討されているといいます。

さらに注目すべき動きとして、2025年2月にはパナマ政府が中国の「一帯一路」構想からの離脱を正式に表明しました。これは、トランプ政権による圧力の成果ともされており、中南米地域におけるアメリカの影響力が再び拡大しつつあることを象徴しています。

こうした中、パナマ運河に関連する港湾の運営権が米国主導の連合に移転したことは、トランプ政権にとって明らかな外交的勝利と言えるでしょう。

しかし、運河そのものの主権となると話は別です。
現在のところ、運河の管理権と主権はパナマ政府にあり、その変更は国際法上きわめて困難です。パナマ政府もこの点に対しては明確な立場を示しており、ムリノ大統領は次のように断言しています。

「われわれの施政に干渉する国はない」

アメリカがいかに圧力をかけようとも、運河の主権は譲らない──そうしたパナマ政府の強い姿勢が、今後の展開に大きく影響していくことになりそうです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。トランプ政権による「パナマ運河奪還」の主張は、一部の事実に基づいてはいるものの、その内容には大きな誇張が含まれていたと言えるでしょう。
パナマ運河は法的にも実務的にもパナマ政府の主権下にあり、「中国による支配」と言えるような状況ではありませんでした。実際には、港湾施設の一部に香港企業が関与していたという、限定的な影響にとどまっていたのです。

しかしながら、その強い言葉が生んだ政治的圧力は現実に影響を及ぼしました。
パナマは中国主導の「一帯一路」構想からの離脱を表明し、港湾運営権もアメリカ主導の投資連合に移ることになった──こうした変化は、トランプ政権の強硬姿勢が一つの外交的成果を生んだ例と見ることもできるでしょう。

とはいえ、パナマ運河の主権そのものをめぐる構図は容易には変わりません。
今後も、アメリカと中国の間で続く地政学的な競争のなかで、パナマ運河のような戦略的拠点は繰り返しその重要性を浮き彫りにされていくはずです。

世界の海上交通の大動脈を、誰が、どのようにコントロールするのか――
この問いは、これからも国際政治の核心を突くテーマであり続けるに違いありません。

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