現在、世界のレアアース市場において中国が圧倒的な支配力を誇り、先進各国の経済安全保障を脅かす状況が続いています。中国のレアアース生産量は年間21万トンに達し、世界シェアの約7割を占める独占状態となっているのです。特に重希土類については99%以上を中国が生産しており、この状況は各国の産業基盤や国防技術に深刻な影響を与えています。
このような中、2025年5月にオーストラリアのレアアース企業ライナスが歴史的な成果を発表しました。同社のマレーシア工場において、重希土類ジスプロシウムの商業生産に成功したのです。これは中国以外で初めての重希土類商業生産として世界的な注目を集め、中国レアアース独占体制への具体的な対抗策として大きな意味を持ちます。
本記事では、中国によるレアアース独占の現状と課題、そしてライナス社の挑戦がもたらす供給源多様化への道筋について詳しく解説します。
中国レアアース独占の現状と課題

世界シェア7割を握る中国の圧倒的地位
現在の世界レアアース市場において、中国が圧倒的な支配力を誇っています。米地質調査所(USGS)の最新データによれば、中国の年間生産量は21万トンに達し、世界全体の約7割を占める状況となっています。
この独占状態は単なる数字以上の意味を持ちます。レアアースは化学的、電気的に独自の特性を持つ17種類の元素で構成され、現代のハイテク産業には必須の素材だからです。中国は鉱石からレアアースを取り出す製錬や、化合物や合金をつくる精錬・加工の過程で、世界シェアの9割超を握る状況が続いています。
特に重要なのは重希土類と呼ばれる分野で、中国が世界の99%以上のシェアを確保していることです。軽希土類と異なり、重希土類は国防や航空など先端産業に必須のため、その独占状態は各国の安全保障にとって深刻な脅威となっています。
レアアース輸出規制による地政学リスク
中国は自国のレアアース支配力を地政学的な武器として活用する姿勢を鮮明にしています。2025年4月4日、中国政府は7種類のレアアースに対する輸出規制を発動しました。この措置はトランプ関税に対する対抗策とみられ、規制対象となった7種類のうち6種がジスプロシウムを含む重希土類でした。
輸出規制の影響は即座に世界各地に波及しました。欧州の自動車部品メーカーでは工場や生産ラインの操業が停止し、スズキも主力の小型車「スイフト」の生産を一時停止する事態となっています。米国では自動車業界団体が強い危機感を表明し、政府に対して即時対応を求める声が上がっています。
この規制により、世界各国がいかに中国のレアアース供給に依存しているかが浮き彫りになりました。米国は国内需要の72%を中国からの輸入に依存しており、欧州諸国でも同様の高い依存度を示しています。
軍事・産業技術への深刻な影響
レアアースの供給制限は、単なる産業への影響にとどまりません。特に重希土類のジスプロシウムやテルビウムは、電気自動車のモーター、風力発電機、ミサイル誘導システムなど、現代の軍事・産業技術の中核を担う部品に不可欠な素材となっています。
国防分野では、レアアースなしには戦闘機のエンジン、誘導ミサイル、レーダーシステムの製造が困難になります。民生分野でも、スマートフォン、電気自動車、太陽光パネルなど、脱炭素化に向けた技術の多くがレアアースに依存している状況です。
これらの技術分野での中国依存は、各国の技術的主権を脅かす要因となっています。中国が政治的な理由で供給を制限した場合、先進国の産業基盤そのものが機能不全に陥るリスクを抱えているのです。
供給源多様化が急務となる背景
前述の通り、中国のレアアース支配力が地政学的武器として使われるリスクが現実化している中、世界各国は供給源の多様化を急務の課題として位置づけています。特に米国、欧州、日本などの先進国は、経済安全保障の観点から脱中国依存を重要政策として掲げています。
ただし、供給源多様化には大きな障壁が存在します。レアアースの精製過程は技術的に複雑で、毒性の強い化学物質を使用するため環境汚染のリスクが高いのです。鉱石にわずかに含まれているレアアースを分離する過程では、水や土壌の汚染に加えて放射性廃棄物も発生します。
実際、米国はかつて世界最大のレアアース生産国でしたが、環境汚染問題を理由に採掘した鉱石を全て中国に送って精製するようになり、これが中国の独占体制形成の一因となりました。現在、環境負荷を抑えつつ経済性を確保できる代替生産拠点の確立が、各国共通の課題となっています。
中国レアアース体制に挑むライナス社

オーストラリア企業による歴史的快挙
2025年5月16日、オーストラリアのレアアース企業ライナス(Lynas Rare Earths)が歴史的な発表を行いました。同社のマレーシア工場において、重希土類の一種であるジスプロシウムの商業生産に成功したのです。この成果は「中国以外で初めての商業生産」として世界的な注目を集めています。
ライナスは中国以外では世界最大のレアアース採掘会社として位置づけられており、今回の成功は中国の独占体制に対する具体的な対抗策として大きな意味を持ちます。同社のアマンダ・ラケイズCEOは「世界のレアアース・サプライチェーンの弾力性を高め、顧客に中国以外で製品を購入できる選択肢を提供する有意義な第一歩だ」とコメントしています。
この成功の背景には、日本の双日とJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)による2億豪ドル(約180億円)の出資があります。両者は今回の出資に伴い、ライナス社が生産する重希土類の最大65%を日本向けに確保する権利を獲得しており、日本の経済安全保障にとっても重要な成果となっています。
マレーシア工場での重希土類生産開始
ライナスの生産体制は、オーストラリアとマレーシアにまたがる国際的なサプライチェーンで構成されています。同社は西オーストラリア州のマウントウェルド鉱山でレアアース鉱石を採掘し、オーストラリア国内で1次精錬を行った後、マレーシア・パハン州クアンタンの精錬工場でより純度の高いレアアースとして生産しています。
マレーシア工場は、クアンタン近郊の石油化学産業専用地区Gebeng Industrial Estateの100ヘクタールの敷地に位置する大規模施設です。同工場ではこれまで永久磁石に使われる軽希土類のネオジムを主に生産してきましたが、中国による重希土類の武器化に対抗するため、生産ラインを拡張してジスプロシウムの生産を開始しました。
マレーシア政府も自国をレアアースハブとして発展させる戦略を推進しており、同国のレアアース埋蔵量は約1,610万トン、3,534億リンギ(約12兆円)相当に上ると推定されています。ライナスの成功は、マレーシアがアジア地域における新たなレアアース供給拠点として台頭する契機となる可能性があります。
ジスプロシウム商業生産の重要性
今回ライナスが商業生産を開始したジスプロシウムは、重希土類の中でも特に戦略的価値の高い元素です。永久磁石の性能を飛躍的に向上させる特性を持ち、これまで100%中国で生産されてきた経緯があります。
ジスプロシウムの用途は多岐にわたります。電気自動車のモーターでは、高温環境下でも磁力を維持する特性が不可欠で、ジスプロシウムを添加した磁石が使用されています。風力発電機でも同様に、過酷な環境条件下での安定性確保にジスプロシウムが重要な役割を果たしています。
軍事分野では、ミサイル誘導システム、戦闘機のエンジン、レーダー装置などにジスプロシウムが使用されており、国防上の重要物資として位置づけられています。これらの用途における中国依存の解消は、各国の安全保障にとって死活的な意味を持つのです。
6月にはライナスが同じく重希土類のテルビウムの生産も開始する予定で、これにより中国以外での重希土類供給体制がさらに強化されることになります。テルビウムも高性能磁石や光学機器に不可欠な元素で、中国独占の打破に向けた重要な一歩となります。
脱中国依存への具体的道筋
ライナスの成功は、脱中国依存に向けた具体的な道筋を示すものとして、世界各国から注目を集めています。同社は現在、米国テキサス州でも重希土などの加工を手がける工場の新設を計画しており、北米市場への供給体制構築も進めています。
また、ライナスは最近マレーシア・ケランタン州と原料供給に関する基本合意に達しており、マレーシア国内のイオン吸着型粘土鉱床からの重希土類調達も視野に入れています。これらの鉱床は特に重希土類の含有率が高いことで知られており、供給力の更なる強化が期待されています。
ただし、課題も存在します。ブラジルのレアアース採掘・加工コストは中国の約3倍と推定されるように、中国以外での生産はコスト面での不利が避けられません。欧米のバイヤーは非中国産鉱物に大幅な割増料金を支払う可能性が高く、経済性の確保が長期的な課題となっています。
それでも、経済安全保障の観点から、多くの国が高コストを受け入れてでも供給源多様化を進める姿勢を示しています。ライナスの成功は、技術的にも経済的にも実現可能な代替案が存在することを証明したものとして、今後の脱中国依存戦略に大きな影響を与えることになるでしょう。
まとめ
中国レアアース独占体制は長年にわたり世界各国の経済安全保障を脅かしてきましたが、オーストラリアのライナス社による重希土類商業生産の成功により、新たな転換点を迎えています。
同社のマレーシア工場でのジスプロシウム生産開始は、中国以外で初めての重希土類商業生産として歴史的な意義を持ちます。これにより、これまで100%中国に依存していた重希土類の供給源多様化が現実のものとなりました。
ただし、生産コストが中国の約3倍になるなど経済的な課題は残っており、各国政府による継続的な支援が不可欠です。それでも経済安全保障の観点から、多くの国が高コストを受け入れてでも脱中国依存を進める姿勢を示しており、今後さらなる供給源多様化の進展が期待されます。
中国レアアース独占への挑戦は始まったばかりですが、ライナス社の成功は確実に世界のレアアース市場に新たな選択肢をもたらしたのです。
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